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15 今市カブ
「いまいちカブ」
江戸時代の農書である「百姓伝記」や「農業全書」の中で大根に次いで多くの記述されている作物がカブです。カブは別名スズナとも呼ばれ、春の七草としても知られるように日本では古来から大切に栽培されてきた作物の一つです。原産地は南ヨーロッパの地中海沿岸とアフガニスタンなどの中近東という説があるようです。日本へは大きく分けると二つのルートによって伝来しており、中国の華中を経て西日本に伝わったアジア型の品種と、シベリアから直接に、または朝鮮半島を経由して東日本に伝わったヨーロッパ型の品種があります。
古くから栽培されてきたカブの品種は多く、現在も地域ごとに多くの特産的な品種が存在しています。代表的な例をいくつか挙げてみると、かっての都であった京都には日本最大のカブとされる「聖護院蕪」があります。このカブは繊維が少なく煮くずれしにくいことからかぶら蒸しや煮物に用いられるとともに京都の名産品である千枚漬けに加工されて利用されています。次に滋賀県から三重県にかけて栽培されている「日野菜カブ」は一見すると大根のような細長い形状で上半分が紫色で下半分が白色という個性的な色合いが特徴ですが、このカブも有名な特産品である「日野の桜漬け」の材料として加工され利用されています。大阪の伝統野菜である「天王寺カブ」は中型で白い皮の品種で主に煮物に調理されます。また野沢菜漬けの材料として知られる「野沢菜」もカブの一種で、このようにカブの中には根よりも葉を主として利用する品種も存在しておりこれらは蕪菜(かぶな)と呼ばれています。
このようにその品種の特性を生かした多様な利用方法とともにカブは長い年月のあいだ各地で受け継がれてきたのです。
そして奈良県の伝統野菜である「今市カブ」は安産祈願のお寺として有名な帯解寺の近隣である奈良市の今市町で生まれた品種です。大きさは中カブの部類に入り、白い皮色とお餅のような偏球形が特徴です。肉質も良く甘味もあることから、ふろふきなどの煮物や漬物として利用されてきました。優れた品質をもつ今市カブなのですが、栽培する農家も徐々になくなり、約30年前に今市町での栽培は途絶えてしまったとされています。このように絶滅の危機を迎える在来種も多くありますが、幸いな事に、今市カブの種子は県内の種苗会社にて保存され、選抜された種が販売されています。