06 大和三尺きゅうり


大和三尺きゅうり

「やまとさんしゃくきゅうり」
(ウリ科キュウリ属 原産地~インド西北部のヒマラヤ山脈南部山麗)日本への伝来は10世紀以前に、仏教文化とともに遣唐使によってもたらされたとされている。 名前の由来は、完熟した果実が黄色になることから「黄瓜(きうり)」と呼ばれたことから。また、西域を表す「胡」から伝えられたとして「胡瓜」の字があてられた。

 京都の京野菜をはじめとして、石川の加賀野菜、福井の伝統野菜、そして難波・大阪の伝統野菜といった内容が、「地産地消」や「スローフード」といったテーマのもと、連日のようにメディアに取り上げられています。 全国的に注目を集めている「伝統野菜」ですが、ところで伝統野菜と呼ばれている野菜は、いつどのようにして伝統野菜になったのでしょうか?!  もともと日本に自生していたといわれる野菜は限られており、フキに、ミツバ、ウド、ワサビ、そしてミョウガなどが日本が原産の野菜といわれています。
今では、私達の食卓とは切っても切り離せない大根に、茄子、トマトにカボチャといったおなじみの野菜達も、元々は日本に存在していたものではなく、大根は地中海沿岸、茄子はインド、トマトは南米アンデスといったように、誰かの手によって世界中から運ばれ、長い年月をかけて、日本各地の気候風土に適応したものです。
 今回ご紹介する夏野菜の「大和三尺きゅうり」も、歴史をひも解いてみると、明治23年(1890)京都府相楽地方から添上郡狭川村に導入された「台湾毛馬」と「白皮三尺」という品種が同郡大柳生村で「北京」という品種と交雑して生まれたといわれています。 細長い形状に、キュウリの醍醐味である「ポリポリ」とした歯切れのよい食感と、柔かい皮が特徴で、 大阪の市場では、「大和物」と称され高い評価を得ていました。 昭和の初期から40年代前半まで、大和高原一帯で多くの栽培が行われていましたが、その後、生産は減り続けて市場から姿を消していました。
 しかし近年、歯切れのよい食感を生かし奈良漬の加工原料として、奈良市、大和郡山市、桜井市の一部の地域で生産が復活しています。平成18年には「大和野菜」としての認証も受けました。